東京高等裁判所 平成12年(ネ)1270号 判決
原審・東京地方裁判所平成一一年(ワ)第六〇八一号(甲事件)、平成一一年(ワ)第一八五九二号(乙事件)
控訴人(甲事件被告・乙事件原告) 佐藤博
右訴訟代理人弁護士 松下照雄
同 本杉明義
同 宮崎拓哉
被控訴人(甲事件原告・乙事件被告)破産者丸荘証券株式会社 破産管財人 小林信明
右訴訟代理人弁護士 松平久子
同 近藤泰明
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一控訴の趣旨
一 甲事件について
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 乙事件について
1 原判決を取り消す。
2 控訴人は、破産者丸荘証券株式会社(以下「破産者」という。)に対し、五八七四万七九二〇円の破産債権を有することを確定する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 破産者は、平成九年一月二二日、控訴人に対し、金利年三・五パーセント、弁済期平成一〇年一月二一日との約定で、五〇〇万円を貸し渡した。
2 破産者は、平成九年一二月二三日、東京地方裁判所に自己破産を申し立て、平成一〇年九月三〇日、破産宣告を受けるとともに、被控訴人が破産管財人に選任された。
3 よって、被控訴人は、控訴人に対し、消費貸借契約に基づき、五〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成一〇年一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、控訴人が五〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は否認する。控訴人は、退職金の一部として五〇〇万円を受領したものである。
2 同2は認める。
(乙事件)
一 請求原因
1 控訴人は、昭和五四年一一月二七日に破産者の取締役に選任され、平成八年一二月三〇日に退任するまで、約一七年間にわたって取締役の地位にあり、昭和六二年一月から平成元年一二月までは常務取締役を、平成二年四月から平成八年一二月三〇日までは専務取締役を勤めた。
2 破産者の平成九年六月二五日の第四七回株主総会において、控訴人に対する退職慰労金の贈呈が決議されたが、その際、具体的な金額、贈呈の時期、方法等は、破産者の内規に従い、相当額の範囲内で取締役会の協議に一任する旨が決議された。
3 甲事件請求原因2のとおり、破産者は、平成一〇年九月三〇日に破産宣告を受け、結局、控訴人に対する退職慰労金贈呈の株主総会決議に基づく取締役会の決議はされなかった。
4 控訴人は、破産者に対し、約一七年間の職務執行の対価として退職慰労金の支払を求めることができる地位にあったところ、前記2の株主総会決議により、具体的な債権として退職慰労金請求権を取得した。ただし、それは、取締役会の決議を支払開始の条件とするものであるから、破産手続開始後は、条件付債権ないし将来の請求権として評価され、被控訴人に対し、破産法二三条により金銭化された退職慰労金請求権を有していることになる。なお、前記3の取締役会の決議は、破産者の経営の好転を見るまでしばらく控訴人に退職慰労金の支払延期を決議したものにすぎず、これにより控訴人の破産者に対する退職慰労金請求権を失わせることはできないというべきである。
5 破産者の役員退職慰労金支給規定によれば、退職慰労金の額は、役員の退職時の最終額報酬に役職別係数(取締役二・二、常務取締役二・四及び専務取締役二・六)及び在職年数を乗じた額の累計額に功績加算額を加算した金額とされている。したがって、控訴人の退職時の最終月額報酬一四三万九九〇〇円を基礎として計算すると、退職慰労金の額は、合計五八七四万七九二〇円になる(なお、功績加算分は加算していない。)。
6 控訴人は、平成一一年五月一七日、破産債権者として退職慰労金債権を届け出たが、同年六月一六日の債権調査期日において、被控訴人から異議を述べられた。
7 よって、控訴人は、控訴人が破産者に対し五八七四万七九二〇円の破産債権を有することの確定を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3は認める。
2 同4は争う。取締役会において、控訴人に退職慰労金を支給するか否か、支給するとしてもその額、方法、時期が決定されない限り、控訴人の破産者に対する退職慰労金請求権は、法的保護に値する具体的請求権といえないから、これを破産法二三条にいう条件付債権と評価することはできない。
3 同5は知らない。
4 同6は認める。
理由
一 甲事件について
1 請求原因1は当事者間に争いがない。
2 請求原因2のうち、控訴人が破産者から五〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、甲事件の争点は、右の五〇〇万円が貸金と退職慰労金のいずれに当たるかである。
よって検討するに、証拠(甲二、八、九)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が作成し破産者に差し入れた平成九年一月二二日付けの借用書(甲二)には、控訴人が借主であり、借用金額五〇〇万円を生活資金として借り入れ、金利年三・五パーセントを毎月の給料にて支払うものとし、元金の弁済期は平成一〇年一月二一日とする旨が記載されていること、破産者の経理部では、社内融資につき「社内融資カード」を作成しているが、右の五〇〇万円についても「社内融資カード」(甲八)が作成されていること、控訴人は、破産者の役員を退職した後、その顧問に就任したが、顧問料から天引きという形で、年三・五パーセントの割合の約定利息を支払っていたことが認められ、以上の事実を総合すると、控訴人は、破産者から五〇〇万円を貸金として受領したと推認するのが相当である。
これに対し、控訴人作成の陳述書(乙一六)には、平成九年一月当時は、証券会社が自己資本比率の改善を迫られる極めて緊迫した状況であり、破産者において控訴人に退職慰労金を支払うことが困難であったことから、破産者の林正久会長は、控訴人に対し、取りあえず右の五〇〇万円を名目上貸金として支給し、時期を見て退職慰労金の一部に変更することを約束したとの記載がある。しかし、破産者と控訴人との間において、右の五〇〇万円は退職慰労金の一部として支払うことにしたものであることを窺わせるような書面は一切作成されていないこと、控訴人は、前記のとおり、五〇〇万円が貸金であることを前提に破産者に約定利息を支払っていたこと、後記二1のとおり、控訴人を含む退任取締役に退職慰労金を贈呈する旨を決議した破産者の株主総会は、平成九年六月二五日に開催されたものであるから、甲二が作成された平成九年一月当時、破産者には控訴人に退職慰労金を支給する権限はなかったことなどを考慮すると、右陳述書の記載部分を採用することはできず、他に破産者が控訴人に退職慰労金の一部として五〇〇万円を交付したとの控訴人の主張を裏付ける証拠はない。
したがって、破産者は、控訴人に対し、弁済期は平成一〇年一月二一日、金利は年三・五パーセントとの約定で五〇〇万円を貸し渡したことになるから、控訴人の甲事件請求は理由がある。
二 乙事件について
1 当事者間に争いのない事実に証拠(甲五ないし七)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 平成九年六月二五日に開催された破産者の第四七回株主総会において、控訴人を含む六名の退任取締役に退職慰労金を贈呈すること、その具体的金額、贈呈の時期、方法等は、破産者の内規に従い、相当額の範囲内で取締役会に一任することが決議された。
(二) 同日、株主総会に引き続き開催された取締役会において、退職慰労金の件が協議されたが、「当社(破産者)の現状は非常に厳しい状況で残念だが今現在支払うことはできない。経営が安定したところで検討する。」との理由で、前記六名に退職慰労金を支給する旨の決議は行われなかった。
2 退任取締役に支給する退職慰労金については、株主総会決議又は株主総会により退職慰労金の額等の決定を一任された取締役会において、その額が具体的に定められた場合に限り、退職慰労金の支給が会社と退任取締役との間の契約内容になり、契約当事者である会社と退任取締役を拘束すると解すべきである。したがって、会社の内規等に退職慰労金の額を算定する基準が定められていたとしても、取締役会に退職慰労金の額等の決定を一任する旨の株主総会決議によって直ちに、退任取締役の会社に対する退職慰労金請求権が発生するわけではなく、決定を一任された取締役会が額を具体的に決定して初めて、退職慰労金請求権が発生することになる。
本件においては、前記1のとおり、控訴人に対する退職慰労金の贈呈について株主総会が額等の決定を取締役会に一任する旨を決議したものの、取締役会は、現時点において退職慰労金を支払うことはできないとして、退職慰労金の額を具体的に定めなかったものである。そうすると、控訴人が右のような取締役の行為は不法行為に当たるとして、民法四四条、商法二六六条の三等に基づき損害賠償を求めることができるか否かはともかく、少なくとも、控訴人が主張する退職慰労金請求権は、破産者と控訴人の双方を拘束する契約の内容にはなっておらず、したがって、控訴人の破産者に対する退職慰労金請求権は発生していないというべきであるから、破産法二三条が定める条件付債権又は将来の請求権と評価できる段階にまで至っていないと解するのが相当である。
以上によれば、被控訴人に対し退職慰労金請求権を有することを前提とする控訴人の乙事件請求は理由がない。
三 結論
よって、同旨の原判決は相当であり、控訴人の本件控訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 裁判官 萩原秀紀)